○○クリニック
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唇顎口蓋裂児の総合治療の考え方
誘因と発生率について

「先生、何とか三月中に口唇(くちびる)の手術をしてくれませんでしょうか。四月からは中学生になりますので入学前に是非直してやりたい。私はこの子のためなら何でもしてあげたいのです」と四十歳位の父親が、歯科大学を卒業してまだ二、三年しかたたない私にすがるように訴えました。

 その子は、先天性奇形の口唇顎口蓋裂で、生後6ヵ月で、破裂した口唇を縫い合わせ、1才6ヵ月で、発音のため口蓋裂の手術を受けていました。今回は、12才になり、さらによく直すために口唇の修正術を希望して私の勤務していた大学の口腔外科に再来院したわけです。その父と私が話している間中、その子はうしろを向き壁の方を見つめて、私たちの話を聞きながら、じっと耐えている様子でした。私は今でもあの子の後ろ姿を忘れません。そしてまた、その父親の気持ちが痛い程よくわかるため、なるべく早く教授回診を受けられるよう急いで検査や資料採取の上、直ちに入院手続きをしました。今から考えますと、冷静さを欠いていた面もありますが、この時以来、こうした子に、少しでも手助け出来ればという強い気持ちを持つようになったような気がします。

 唇顎口蓋裂は“みつくち”とか兎唇と言われ、医学的に考えますと、その障害は口唇部の審美的な面、発音障害および上顎の成長発育が悪くなり、反対咬合になりやすく、したがって普通の人のように充分咀嚼することが出来ません。この疾患は体表奇形(心臓奇形などとは異なり体の表面に現われる奇形)のうちで最も高い頻度で表われる疾患で、人種的には黒人が千人に一人の割合で最も低く、北海道内の調査では欧米に比べてやや高く、0.18%542人に一人の割で出現する報告が見られます。

○発生のしくみ

 お母さんのお腹の中で一つの細胞が宿り、分裂を繰り返し、やがて10ヵ月たつと、かわいい赤ちゃんとなりこの世に生まれます。その成長の過程は「反復説」つまり“個体発生は系統発生をくり返す”という考え方でよく説明されています(図1)。したがって、お母さんのお腹の中にいる間には兎のような哺乳類の時期もあります。詳しく言いますと、胎生4週の終わり頃に心臓が出来、脳も形を整え、体の大部分の器官が発達しはじめますが、胎児の頭の方にも将来、口になる大きな穴と、ちょうどその真下に横に走るかたまりから下顎が出来ます。胎生8週目になると、かたまりから下顎が出来はじめ、上顎が大きな穴のはしの方から上に伸びてくる組織から作られます(図2)。このくちびるの真ん中の部分と左右の部分が融合する時期、胎生9週間頃になんらかの出来事により口唇裂が生じるのです。そして口の中の天井部分、つまり口蓋(がい)は、前の方から、丁度ファスナーを閉めるように融合して行きますが、この胎生12週頃に融合を妨げる何かが起きると、口蓋裂が生じます。このように口唇口蓋裂は胎生8〜12週に生じはじめるとされています。

 


必要なチームワーク医療について
口唇口蓋裂の外科手術を扱っている科は、地域ごとで違っております。出生率を考えると函館では、手術を担当する医師は、1人でも可能と考えられ、形成外科にて手術を受けている子がほとんどと思われます。また、函館中央病院には、言語治療室が設けられており、メンタルな面を含めて総合的に唇顎口蓋裂児の治療を担当しております。このように、口蓋裂治療についての矯正治療も数名の歯科医が手がけられているのみですので、担当する医師は、高い知識と技術が必要になると考えております。従いまして当院では毎年開催される日本口蓋裂学会には、できるだけ報告し、全国的にも優れた医療機関となるべく、努力しております。
治療段階について

O治療について

 口唇顎口蓋裂は、一般的には3〜6ヵ月頃口唇(くちびる)の閉鎖手術をし(図1、2)、口の中の天井の部分つまり口唇については、発音しはじめる1才6ヵ月頃形成手術を行います。

 このような手術は、形成外科や大学の口腔外科において主に行われますが、大学によっては皮膚科、耳鼻科などで扱っている場合もあります。

○唇顎口蓋裂児の矯正歯科治療

 歯ならびと咬み合せの治療は、日本の現状では、いわば個人の嗜好に近いもので、しかもある程度経済的に恵まれた方が受けるものと一般に受け入れられているようです。医科にも「美容外科」といわれる分野があり、歯科矯正治療も同様な感覚を持たれやすく、「身体を美化するための治療に要した費用は、税務署においても医療控除の対象から除外されております。唇顎口蓋児は、ほとんどのケースで上顎劣長による反対咬合を引き起こし顎や口蓋に骨の欠損がありますから、破裂した部分で歯並びが途切れ、歯列の乱れが当然起こって来ます(図34)。したがって、唇顎口蓋裂の一貫治療を考えると、歯科矯正治療は欠かすことが出来なく、口唇の形成手術、その後に行われる口唇形成術、言語治療とともに、チームアプローチが当然の如く要求されるようになって来ました。最近では骨がない部分に腸骨移植や自家歯牙移植あるいは人工歯根により自分の歯のように回復の可能性が高まっております。


唇顎口蓋裂児の総合的治療における治療段階


 
年齢 咬合発育過程 矯正治療段階 形成外科治療段階 言語治療段階
生後直後 Pre-surgical Nazo-Alveolar Molding(PNAM)ホッツ床
3ヶ月 口唇形成術
6ヶ月 下顎前歯萌出
1歳6ヶ月 口蓋形成術 言語観察開始 鼻咽腔閉鎖機能観察
BCSSの促進
2歳 乳歯列完成 Blowing,Chewing、Sucking、swallowing
必要な際にはSpeech aidの装着
4歳 著しい顎性あるいは機能の異常がある場合には、治療開始 構音治療開始
3歳 鼻・口唇修正術(腸骨顎裂部への移植)
6歳 上下顎前歯萌出開始 前歯部被蓋の改善開始
小学校入学
9歳 側方歯交換期
12歳 第2大臼歯萌出 Multi-bracket system開始
中学校入学 下顎骨の2次成長開始 自家歯牙移植
15歳
16歳 保定装置装着リテーナー装着
高校卒業 メタルプレート
18歳 第3大臼歯萌出