「ハビリテーション」この言葉は、口蓋裂患者さんやその家族の方が、どんな気持ちで来院しているのかを調べ、次に来られる患者さんにどう伝えたらよいかを考えるために、アンケート調査をし、小論文を書いた時に初めて知った言葉です。脳出血や梗塞など脳の病気により、半身まひなどが生じた際、機能回復のための訓練をリハビリテーションということは、よく知られております。しかし口蓋裂のような、先天性もしくは幼少時からの障害児を対象とする機能回復訓練はリハビリテーションという言葉を使用されます。私が口蓋裂をもつ子供たちにあったのは、歯学部を卒業した直後に入局した、口腔外科でした。その子達の、歯並びの治療のため、口腔外科から矯正歯科に移り勉強しなおし、その後、函館に戻りました。当時、函館地区では、北海道大学形成外科助教授であった浜本先生が函館中央病院形成外科に赴任され、唇顎口蓋裂の治療を手がけられておりました。研究会などで面識があったものですから、ご挨拶に行きましたところ、「口蓋裂治療では形成外科医と矯正歯科医は、結婚するようなよい関係が必要」と話されたことを覚えております。その後、浜本淳二先生は札幌に戻られ、次に赴任された木村中先生が、現在まで函館地区の唇顎口蓋裂治療に精力的に取り組んでおられております。浜本先生が新設した函館地区唯一の科、言語治療室の早坂登紀子先生とともに、良い関係を続けさせていただいております。この「カルテのつぶやき」という題は、浜本先生が、北海道新聞に毎週投稿されていた「カルテの余白」という題にちなみ、5年前、北海道医療新聞社鎌田様に依頼され、「ケア」という雑誌に連載する際に使用させていただきました。浜本先生は6年前に亡くなられましたが、唇顎口蓋裂の治療に一緒に取り組んだ、意志を受け継ぐ一人ですので、天国で「使っても大丈夫」といってくれると信じております。ご冥福をお祈りいたします。
いままで、いろいろな出版物にいろいろな方々のご支援により掲載していただきましたが、リニュアルをふくめ、できるだけ長くアップしたいと考えております。見ようとおもう方は、まず、いないと思いますが、よろしくお願いします。村井 茂
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歯科医は、自分の技術と優しさを、患者様に、買っていただく職業だと思い、取り組んでいます。高校生入学時には、医学部を目指しておりました。しかし官公立大学医学部に入学するのは、いろいろな面で難しいと思い、兄が歯科医だったため、現実路線に変更しました。だが、現実はさらに厳しく、東大紛争も相まって、官公立歯学部も不合格。岩手医科大学歯学部に入学。学生時代を謳歌させていただきましたが、当時勉強に対する取り組みが甘すぎたと反省しております。学生時代に、函館で